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勉強とゲーム

最近、コンビニの前や公園で、

集まってゲーム機に熱中している

子ども達を見かけます。



なぜ、子ども達はわざわざ外で、

ゲームをするのでしょうか?

更に公園には遊具などがあるというのに。



子ども達は遊びの中から、

ゲームを選択して遊んでいます。

なぜ、せっかく外にいるのにゲームなのでしょうか。



当たり前のことですが、

コンビニや公園で集まって勉強している子ども達は

見たことがありません。



なぜ、ゲーム機だと継続的に

行うことができるのに、

勉強は継続的にできないのでしょうか?



確かにゲーム機は面白いように

作られているから進んでやるのでしょうね。

勉強の場合は、そのようにつくられていません。



勉強の場合は、親から「勉強しなさい」という

指掛け声がありますが、なかなかやりません。

抵抗しているようにも見えます。



これを無視して、頭ごなしに「勉強しなさい」というのは、

簡単なことですが、それでは勉強好きな

子どもになるわけがありません。



何が違うのでしょうか。

多くの人は「そりゃ、ゲームは面白いからで、

勉強はつまらないからでしょ」と考えているでしょう。



ゲームのキャラクターはコントロールできるから、

その管理できる感じがいいのでしょうか?

ゲームを通してできるコミュニケーションがいいのでしょうか?



ある日、夜に電車に乗っているときに、

テニスラケットを持っている下校中と思われる、

真っ黒に日焼けした男の子が乗り込んできました。

「こんな遅くまでがんばるなぁ」と感心しました。



ここで先ほどと同じ疑問が浮かびます。

なぜ、そこまでがんばることができるのでしょうか?



私も体育会系の部活ハンドボール部に所属しており、

かなり走る量の多い球技です。

毎日、暗くなるまで練習していました。



今思えば、なぜ、勉強はやらなかったのに、

部活はあんなにも一生懸命にやってのか。

それは、楽しかったことより、

「きつかった」ことの方が多かったのに。

勉強はやらずに、その「きつい」ものに

集中できたのはなぜだろうか?



その時に、先ほどのゲームに熱中する

子ども達のことを思い出しました。

ゲームにはまる子どもと、

部活にはまる子どもも一緒なのではないか。



ゲームも部活も、そのものにはまっているというよりも、

上達が目に見えやすいもの、実感できるものに、

はまっているのではないでしょうか。

「モノ」というより「コト」の方が、

重要なことなのではないかと思いました。



我が子を見ていると、ゲームをものすごく集中して、

声を掛けても気づかないくらいに熱中しています。

「なんで、そんなに集中できるの?」

「勉強はそんなに集中できないのに」

と少し嫌味っぽく聞いてみました。



子ども曰く「ゲームはやればやるほど、うまくできるようになるから。

あと、キャラクターも強くなってくるし」という答え。

そういえば自分も部活で毎日練習して、少しずつですが、

うまくなっていることが嬉しかったことを思い出します。



それは目に見えて感じることができます。

時間と比例して少しずつでも上達を感じることができます。



一方、勉強はどうでしょうか?


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不登校、ひきこもり

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